延岡名物 高田万十

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弟子入り志願

   

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毎年今くらいの季節、5月6月7月は気をつけなくちゃいけまんせん…
何に気をつけなくちゃいけないかって…それは「テボ」です

ん?「テボ」ってなにかってですか?
「テボ」は白あんの豆、「テボ豆」の事です。
毎年5月6月7月くらいは新物と旧物の境目のときなんですがこのあたりの豆はなぜだか煮えないんです。いつもの三倍の8時間とか煮ても硬い豆やら皮が硬かったりします…。
特に昨年と一昨年は収穫時期に北海道が雨が多く物が良くなく取れ高も少ないので「値段が高い」上にあまりものが良くない…。相場制だから致し方ないのですがトホホ…です。親父が生きていたころは豆が硬いと「煮る時間がみじかいっちゃが!長く煮らんけ!」なんて勝手なことばかり言っていました。「なんぼ煮ても硬い豆が煮えんから困っちょる!煮えた豆はどんどん柔くなりすぎる!難しっちゃが」親父も怒ってたな…。
また今年も炊いしろあん全部破棄からの炊きなおし…トホホ…です。

話は変わりますが十年に一度くらいですかね……いや、もうちょっと間隔があいて十五年に一人くらい、でしょうか。そんなペースで「弟子にしてください!」というお話をいただくことがあります。

たとえば、「大きくなったら、まんじゅう屋さんで働く!」なんていう、ほっこりするような可愛らしいお子さんの夢の話から、

「ブラジルで開業するつもりやから、あんたとこの商売の邪魔にはならんでしょ?だから粉の配合やらアンコの炊き方秘密にせんで教えてくれんけ!(怒)」

と、これが果たして弟子入りのお願いなのか、はたまた謎の脅しなのか、なんとも判別のつかないやり取りまで、まあ実にいろんな人がいらっしゃいます。

中でも特に忘れられないのが、もう二十年くらい前の話でしょうか。ちょうどあの「愛の貧乏脱出大作戦」というテレビ番組が放送されていた頃でして、商売が苦しい店主さんが、有名な達人のところに修行に出て、見事に再建するという、あの番組ですね。

その頃はうちの親父も元気でして、その番組を観ながら「お前もどっか修行に行ってこい」なんて笑いながら言っていたものです。

さて、そんなある日の夕方、4人連れのお客様がご来店されました。「黒あんとカスタードを一個ずつください」4人で2個、うちはそういうシェアする食べ方をされる方もよくいらっしゃるので、そこは全然問題ないんです。

ただ、その召し上がり方がですね……まるでテレビの「ジョブチューン」でコンビニスイーツを審査する有名パティシエみたいな感じでして。たい焼きを4等分して、中身をじーっと見て、目を閉じながら「うん……うん……」と味わっておられる。

お父さんと思しき50代前半の男性、お母さん、大学生くらいの娘さんに、高校生くらいの弟さん。みなさんが目を閉じて「うん、うん」とうなずきながら、焼き場を覗いたり、店の隅々をじろじろ見回したり。

なんだろ?同業の方?などと思っていたところ、食べ終えてお帰りの様子。

「ありがとうございました」とお声がけしようとした瞬間、そのお父さんらしき男性がこう言うんです。

「うんうん!これなら合格です!合格!」

……え?合格? 何が?誰が?なんの合格?

キョトンとしている私に、「この味だったら合格です!」と。

「え?ありがとうございます?ん?いやいや……それは一体なんに合格?」

「だから合格です!この味なら修行して独立できます!」

なんだか一方的に話が進みます。

「では来週から修行させてもらいます!一ヶ月ほどお願いします!お給料は最低でいいです〇〇万円(一般企業なら安いかもしれませんが当店では親父の給料の倍以上)くらいはいただいて…一か月後にのれん分けしてもらって…」

と、まあ一気に夢を語り始めまして。

さすがにこれには、「ちょ、ちょっと待ってください」と慌ててそのよく回る口を止めさせて、詳しくお話を聞かせていただきました。

椅子に座って落ち着いてもらって聞いたところ、なんでも会社を辞めて脱サラしたとのこと。素人でも簡単にできる商売を探していたところ、粉を水で溶いて中にあんこを入れるだけのたい焼きは「簡単」・「小資本」そして「すぐ始められそう」。いくつかの店を見て回ったけれど、味・設備(少ない設備…貧相な設備とも言います)ともにうちが一番(お金がかかっていない)とのことで、家族4人で最終確認に来たとのことでした。

でもね、うちは弟子を取るとか、修行させるとか、そういう体制じゃありませんし、そもそも従業員の募集もしておりません。なにせ、当時勤続15年と24年のパートさんが元気に働いてくださっているので、余計なお給料を出す余裕もないのです。

なので、丁重にお断りをして、その日はお帰りいただきました。

「テレビの影響ってすごいなぁ」と、あとで従業員のおばちゃんやお袋、親父と話していたのですが……

なんと次の日、また来られたんですよ。今度はスーツ姿で。

「やる気はあります!これを」と、履歴書の入った封筒を差し出されました。

「昨日も申し上げたように、うちは人手が足りておりますし、修行してもらうつもりもありません」と再びお断り申し上げると、

「やる気はあるんです!人生かけてるんです!お願いします!一か月だけでいいですから!」

この繰り返しです。

仕方がないので、少し言葉を選びながらお話しました。

「たとえばですね、今までお勤めだった会社に、ある日突然見ず知らずの人が『やる気はあるんです!雇ってください!』と履歴書持って来て、その上で『一か月で全部覚えて、すぐ独立します』って言ったら、その人、雇いますか?」

「いやでも……やる気はあるんです!」

まだ言うか!

「一か月で”のれん分け”って、簡単に言いますけどね、あれは何年も何年もかけて下積みをして、ようやく親方から認められて初めて、取引先に『この子、うちと同じ扱いでお願いします』って言ってもらえるようなもんなんです。それをたった一か月で、って、そんな虫のいい話はありませんよ」

それでも「もう仕事も辞めたし、これしかないんです」と言われたので、

「それなら、ちゃんと開業セミナーをやっているところに行かれたらどうですか?フランチャイズなど、仕組みが整ったところがありますよ」

とご提案すると、

「でもフランチャイズはお金がかかるんで……」

「そりゃそうです。だって企業秘密を教えてもらうんですから。うちだってそうですよ。パートさんたちには、いまだに粉の配合は教えていません。それが“肝”ですから。それで何世代にもわたって家族が食べてきているんです。それを簡単に外部の人に、しかも一か月修行しただけで教えるわけにはいきません」

「……」

「たとえば、近所のラーメン屋さんに行って『一か月だけ修行させてください』『スープの作り方教えてください』『そのあとすぐ近くで独立します』なんて言ったら、怒られますよ?」

さすがにその場では何も言えなくなったようで、ようやくお帰りになりました。

……が、それでも翌週、もう一度来られましてね。

その粘りと熱意だけは、正直すごいなとは思いました。でも、商売というのは気合だけではどうにもなりません。こちらにも生活がありますし、家族を背負っての商売です。もちろん人には親切にしたいし、人助けもするべきだとは思います。…でも生活の肝であるところ、三代なんとか生活して生き残れてきたんです…でもそこはお教えするのは厳しいです…。

そして今でも、誰かが「弟子にしてください」と言って来られるたびに、真っ先に思い出すのはあの出来事です。

その後どうされたのかというと、後日風の噂で聞いたのですが、独立開業をサポートする食品メーカーが主催しているお好み焼きの開業セミナーをご紹介したところ、そちらで修行を積まれて、ついにはお好み焼き屋さんとして開業されたとか。ご家族みなさん元気にされているかしら…。お互い何とか生き残っていきたいですね。

あっ!かき氷はじめました!

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