延岡名物 高田万十

おさかなパンちゃん再び

もう、十数年前の話になります。
うちに、小さな女の子が、お母さんに手を引かれてタイ焼きを買いに来たんです。

お母さんがね、「なんて言うの?」って、どうやらお買い物の練習らしいんです。
女の子は、もじもじしながら「えーと…えーと…」。なかなか言葉が出てきません。
「何がいりますか?」って聞いても、まだ「えーと…えーと…」。

そのうち、目をキョロキョロさせて、頭の中で言葉を探してる様子が可愛くてですね。
僕も作業の手を止めそうになるくらい見入ってしまったんです。

すると突然、パッと目を輝かせて、
「おさかなパンください!」って。

…タイ焼きという言葉が出てこなかったんでしょうね。
でも、その瞬間、僕の中で「おさかなパン」という新ジャンルが誕生しました。
そのみずみずしい発想を忘れようとしても忘れられない思い出です。

――そして本日、8月11日。
世間は3連休の最終日で、お盆休みが9連休の方ならまだ3日目。
こっちはといえば、タイ焼きを待つお客さん、店内でかき氷を待つお客さん…。
本当にお待たせして申し訳ないと思いつつ、ワンオペの一人営業。

人件費のやりくりが厳しくて、「一人くらい雇ったら!」なんてアドバイスもよくいただくんですが、
「すみません…」としか返せない。
裕福じゃない(貧乏)商売人の泣きどころです。

そんなふうに必死で焼いていると、持ち帰りのお客さんの会話が聞こえてきました。

「あんたは何を食べると?」
「何でもいいよ」
「何でもいいじゃわからんがね!『おさかなパンください!』って言ってみたら!」

…え? おさかなパン?

思わず手を止め、売り場に顔を出して聞きました。
「え? 『おさかなパン』ちゃん?」

するとお母さんが、にっこり笑って「そう! 久しぶりに来ました」。
忘れるわけがありません。あの時の「おさかなパンちゃん」のお母さんじゃないですか。

その隣には、スラッと背の高い女の子。
「『おさかなパン』って本当に言ったんですか?」と照れくさそうに笑ってます。

「おさかなパンちゃん?」と僕が聞くと、
お母さんは「大きくなったでしょう?」と誇らしげ。

よく見ると、確かにあの時の可愛い面影が残っています。
今はバドミントンを頑張ってる高校生だそうで。

時の流れって、本当に早いもんです。
僕だって歳を取るわけですよ…。
でも、こういう瞬間に出会えるのが、この商売の醍醐味であり、やっててよかったと思える理由なんです。

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