謎の女
うちの家内は小柄なんです。背丈にして僕より10センチほど低く、体重にいたっては僕の半分。いやいや、僕だってそんなに大きい方じゃないんですけど、横幅がちょっと…まぁそこは目をつむっていただいて。そうなると「まるでコロボックルの夫婦みたい♥」なんて心の中で思ったりするんです。

でね、「壁に耳あり障子に目あり」とは昔の人はよく言ったもんで、ほんと世の中どこで誰に見られているかわからんもんです。
あれはもう二十年以上前のこと。京都の親戚のおばちゃん――当時で80歳くらいだったでしょうか――が、延岡で女学校時代の同窓会があるとかで、付き添いで娘さん(これがまた当時50代)を連れて来られたんです。
ちょうど季節は「鮎やな」が始まる頃でして、せっかくやからと家族みんなで鮎をつつきながら、まぁにぎやかな時間を過ごしました。
翌日おばちゃんは昼間の同窓会で出かけることになりまして、その間に「お前が延岡案内してきなさい」と親父から命令が下りましてね。当時30歳そこそこの僕が、50代の娘さんを相手に、仕事を抜け出して親父のおんぼろワゴンRを転がして延岡観光するはめに…。
行き先なんて限られてます。愛宕山に登って景色見て、長浜の海に寄って、内藤記念館でちょっと文化的な空気を吸って…。でもまぁ車内の会話がなんというか・・・濃いんです。
「あのビルの屋上の看板、広告料いくらやろ?私の友達はね、家を壊してビルにして、そこに大手ブランドの広告立ててもらったから、もう働かんでも暮らしていけるのよ。…朝はゆっくり起きて、夫婦二人で遅めのブランチを楽しんで、しょっちゅう旅行に温泉…ほんまうらやましい」
なんて話を聞かされ、
「○○君(僕)も、そろそろ将来考えて家賃収入とか考えとかなあかんで」
とアドバイスされる始末。しかし日々食べていくので精一杯…トホホな現実です。
さらに内藤記念館では、
「男はね、歌舞伎とか能とか詩吟とか…そういう文化的なこと知らんと女にモテませんえ!」
なんて説教ともつかん講義を受けまして、まぁ30歳の若造には荷が重い観光案内でした。
そんなころ、家内に一本の電話。相手は育児サークル仲間のKさん。普段はメールでやりとりしてるのに、なぜかその日に限って直電。
「ねぇ、今日は旦那さん仕事?」
もちろん仕事です。年間休日なんて20日しかないんですから、友人なら知ってるはず。怪訝に思ってると、こう続けられた。
「勘違いかもしれないけど…車は軽自動車だったし違うと思うんだけど、ご主人そっくりな人が助手席に長い黒髪の女の人を乗せて走ってるのを見たのよ…人違いだとは思うんだけど…」
口ごもりながらこう言います。
――そういうことか!
家内はすぐ説明しました。「今日は京都の親戚の娘さんを延岡案内してもらってるの。一緒にって誘われたけど娘の昼寝の時間と重なるから断ったのよ!旦那さんが一人で観光案内に行ってるの」ってね。
Kさんは安心してましたけど、ほんとどこで誰に見られてるかわからん。しかも家業は実演販売!他人の目というやつは常に気をつけるようにしています。
で、つい先日のこと。仕事を終えて家でご飯を食べていたら、家内のスマホがピコンと鳴ったんです。しばらく画面を見つめていたかと思ったら、いきなりこう聞くんです。
「今日、お店に女の人来た?」
いやいや、お客さんならそりゃ女性もいますよ。
「お客さん?女の人?今日も女性のお客さんたくさん来たよ!どんな人?」
でも「焼き場に入ったか?」と聞かれると、そんなことはありません。入ってきたのは「猛暑日の映像と何かコメントを話してもらえますか?誰も取材受けてくれないんですよ・・」と『猛暑日』の取材に困ったテレビ局のカメラマンぐらいです。それも僕より年上のおじさん。
「でもね、ラインで“今日お手伝いしてましたね!”って送られてきたの」
と家内が言うんです。もちろん家内はその日仕事で、店になんて来てません。じゃあその“女の人”は誰やったんや…?ワンオペ営業だから証明できる人もいないし。頭の中は「?」だらけです。
で、週明け。家内が職場で確かめてみたんですって。そしたら相手はこう言ったそうです。
「えっ、違ったんですか?確かにお店で(家内)さんを見かけたんですけどね」
さらに「どんな格好してました?」と聞けば、
「黒のバンダナに、黒いTシャツに、白っぽいエプロンを…」
――それ、僕じゃん!
いやいや、どう見ても家内は僕の半分の体積しかないんですけどね。僕が痩せて見えたんですかね…いやぁ、なんとも不可思議な週末の出来事でした。
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