インディペンデンス・デイ
数少ないぼくの友達。そのまた数少ない親友のひとりに、娘さんがいるんです。
で、その娘さんがいよいよ出産間近。お腹がまあるく大きくなって、ご主人と一緒にお店に来てくれましてね。
「もうすぐなんです!」なんて言われると、こっちとしては「もうすぐって、いったい何時ごろ?」と、つい気になってしまうわけです。
若いころの僕なら、遠慮もなく電話して「お前んとこ、もう生まれたんか?」なんて聞いてました。
いやぁ、あのころは勢いだけで動いてましたね。
でも今はそうはいかない。モラルとか常識とか、まぁ年齢なりの分別というやつが出てきまして。
思えば、若い頃は本人も気づかないうちに、恥ずかしい思いを浴びるようにしてきたんでしょう。
そういえば、大きなお腹のお客さんが来られたら、僕は必ず聞いてしまうんです。
「あかちゃん、どっちかわかってますか?」って。
すると「まだ聞いてません」「先生が教えてくれなくて」「生まれるまでのお楽しみで」といろんな答えが返ってきます。
でも「男の子です!」と返ってくれば、僕はすぐ調子に乗ってしまう。
「おぉ!おめでとうございます!将来はメジャーリーガーですな!」
「10年契約で7億ドル!お父さんとお母さんで法人立ち上げて資産管理しないと!」なんてね。
逆に「女の子です」と言われれば、これまたスイッチが入る。
「女の子はいいですよ!大人になっても可愛いんです!寝ても可愛い、起きても可愛い、笑って可愛い、怒っても可愛い。泣いて可愛い、何しても可愛いんだから!」
…ただ、その可愛さには悲劇もつきまとう。
「いつか…いつの日かお父さんより大事な人が現れて、お父さんより大事な人のもとへあっさりお嫁に行ってしまうんです…」って。
これは僕の心の叫びですよ。
さらにもうひとつ。ある日、悲劇は突然やってくるんです。
「お父さんとお風呂に入らない日」が。
そう、インディペンデンス・デイは、ある日を境に唐突にやってきます。
それ以降は、二度と…そう二度と娘と一緒に風呂に入ることはできないんです。
せめて「〇月〇日をもって、父との入浴を禁ず」なんて布告でもしてくれたらね。
「あぁ、あと三日…二日…」と、まるで死刑執行の日を数えるようにだとしても、一日一日を噛みしめられるのに。

しかも我が家は娘が二人。
「お姉ちゃんが入らないなら、私も入らない!」と妹まで繰り上げ禁止になる。
そんな理不尽な制度、即刻廃止してほしいもんです。
気がつけば「…チャポン…」と一人で湯船に浸かる自分。
ほんの数日前まで「キャッキャウフフ」とバシャバシャやかましいくらい楽しかった時間が、突然自分を洗う音と湯船に落ちる雫の音だけになるんです。
この落差。これが僕をやせ細らせます…。噓です太ってます…。
そんな話を、お腹の大きな奥さんやご主人に伝えるんです。
「娘さんとのお風呂は、毎日“今日が最後”と噛みしめて入ってください」って。
最後にお釣りを渡しながら、奥さんにはこうも付け加えます。
「ご主人はね、自分の手で赤ちゃんを抱いた瞬間に“お父さんスイッチ”が入ります。10か月お腹で育ててきたお母さんからすれば、“なんでこんなこともできないの!”と腹立たしいこともあるでしょうけど、そこは一年後輩の新人部員を見るみたいに、温かい目で見てあげてください」
……と、ついアドバイスしてしまう僕なのでした。
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