延岡名物 高田万十

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加速装置

      2021/04/29


うちのお袋なのですが、相も変わらず食べること以外に何事にも興味がなく…

かろうじて洗濯はするのですがそれ以外はまったく何もしなくなりました。
んん…もともと何もしなかったのは言いっこなしです…。

とはいえほっておくわけにもいかず、洗い物は僕が仕事終わりに台所を片づけに、毎週土日は我が嫁が掃除をしに行きます。
「明日は嫁さんが掃除機かけに来てくれるからね!せめてテーブルの上を拭くなり、テーブル周りを片づけるくらいはしといてよ!」
仕事終わりに台所の洗い物をしながら言います。

洗い物といってもお袋は自分でご飯を作るわけでもなく、かといって僕たちが準備するわけでもなく・・・。
なぜなら嫁さんもいつも帰りは7時過ぎそれからご飯の準備です。僕に至っては帰りは8時くらいです。
お袋はそんなにご飯を待つことができません…。
「お願いします!おなかが減りました!お願いします!」
「ご飯はまだですか?おねがいします」
「ひもじくてたまりません、お願いします」
とお店や携帯、自宅の留守電に電話がなりっぱなしになります。

じゃあどうしているかといいますと…
今は便利な時代ですね、宅配弁当をお願いしてています。

しかしこれまたお袋はややこしく…

元気な時からそうなのですが、目の前に食べ物があると…
食べなくてはいけないのです…必ず。
我慢ができないのです…絶対に。

以前まだ元気に仕事していた時も、よく来られていたお客さんは覚えているかもしれませんが、お店に入ってすぐのテーブルにはいつも炊飯ジャーが置いてありました。
炊飯ジャーだから当たり前ですがご飯を炊きます。
炊き上がったら、お客さんが店内で食べていようが、持ち帰りのお客さんが来ていようが、掃除の途中であろうが
「今のうちに食べとこ」
と絶対にご飯を食べるんです。

おかずがなくても塩かけてでも絶対に食べるんです。
それに若々しく初々しい僕と嫁さんの結納の時でも、仲人さんが滞りなく式を進めてくれているときに、料理が運ばれてきた時もそうでした…
「美味しそうじゃね…私しゃ先に食べようかね…」
と当然のように箸を持ったので
「やめちょかんか(怒)」
と今は亡き親父が小声でたしなめると
「なんけやらしい…じゃあ一口だけ」
と一口小鉢のおかずを口にポイっと放り込み
「すいませんね…お父さんが意地が悪いもんじゃから」
と親父のせいにしたことも今となってはいい(恥ずかしい?)思い出です。

目の前にご飯があると、お腹がすいたとかではなく食べなくてはいけないのです。
ですから宅配弁当も本来なら一人暮らしの方の安否確認もかねて手渡しする事が基本となっているようですが、特別に玄関から少し離れたところに隠しておいてもらうようにしています。
それを早く帰宅した誰かが決まった時間に届けるというルールを作っています。
面倒ですか致し方ないんです・・・。

そんなお袋を連れて月に二回お薬貰いの病院受診の日があります。
一人でお店を営業している僕にとって、その日の午前中をいかにしのぎ切るかは数日前から仕入れ仕込みの段取りをつけて臨む決戦の日でもあります。

前日にはお袋が毎日楽しみにしているデイサービス施設に明日はお迎えは要らないこと・受診してから連れて行くので遅れることを伝えておきます。
朝は早めにお店に来て仕込みを済ませ、病院に順番を取りに…。
それからお袋を迎えに行くのですが
「あ~ぁ…今日はお昼に間に合うか知らん…。昼ごはんがなかったらどうしよう…」
ため息をつきくさります。
「今まで一度でも、病院連れて行って遅れたからって昼ごはんが無かったことがあるけ?一回でも昼ご飯を食べさせなかったことがあったかね(怒)?」
腹が立ちます。
「無いけど、今日誰かが私のを食べてしまってたらどうするけ?」
そんなことあんたじゃあるまいし、絶対ないです。
待合室でも
「(診察)はよしてくれんとお昼が無くなるとですよね…」
受付の方、看護師さん、はては先生にも言います。恥ずかしく残念です…

いよいよ診察が終わりお薬ももらいデイサービスに向かう道中も
「はよ行かなんと…はよ行かんと…」
「こないだ出たちゃんぽんが美味しかった」
「おやつにおはぎが出たときは…」
と食べることばかり頭にあるようです…。

施設につくと担当のスタッフの方が出迎えてくれます。
「高田さんらっしゃい!」
スタッフのかたの笑顔ので迎えをよそに
「私のお昼はありますか?」
挨拶どころじゃありません…
「お袋あいさつぐらいせんけ!」
「ごはん!ごはん!」
聞いてもいません…
お袋を車からおろして、歩行用バギーも車から降ろしてお袋に渡すと
「私のおひるはありますか?」
普段はヨタヨタと横で支えていないと危なっかしい足取りが…まるで加速装置をつけたようにスタスタスタと自動ドアをこじ開けて施設の中に入っていきました。

「こんなにデイサービスを楽しみにしてくださって…うれしいです…ハハハッ…」

スタッフさんの笑顔を正面から見ることはできませんでした…

 - Love Story(介護生活)は突然に

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